孤読な日々

ライトノベルを愛するブログ

【感想】筺底のエルピス シリーズ

 

「ボクらは負ける。人類は滅ぶ。今のところ、それは確定しているんだ」

 

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 『筺底のエルピス』シリーズ

 著:オキシタケヒコ/イラスト:toi8

 

 お久しぶりです。お久しぶりになる予定じゃ……なかったんですけどね……。

 

 今回はシリーズ通しての感想です。特に面白かった4巻の感想に絞るか迷ったのですが、5,6巻を読んだ後で書くのはなんか違うな、と思ったので。1巻1巻触れようかなと。

 

 まず、未読の方へ。

 

 グロがダメな人以外は読んでくれ。是非是非読んでくれ。

 表紙がいまいち好みじゃないんだよなとか、4巻から滅茶苦茶分厚いしなとか、ガガガの作品はラブコメで十分なんだよなとか、思ってる場合ではない。これは面白い。保証しよう。だから、今推したいラノベ三本の指に入ったこの作品を、少しでも興味を持ったら読んでほしい。

 

 以下、その意を込めて1巻のあらすじを掲載しておきます。1巻の、それもあらすじだけでは全くもってこの作品の魅力は伝えきれませんが、ないよりマシということで。

 

殺戮因果連鎖憑依体ーー。それは古より『鬼』や『悪魔』と呼ばれてきた異界の絶滅プログラム。見鬼の改造眼球と、時を止める《停時フィールド》を駆使してその脅威に立ち向かう《門部》の封伐員、百刈圭と乾叶は、正体不明の《白鬼》と遭遇する。叶の親友に憑依したその鬼を巡って組織は揺れ、バチカンまでもが動き出す。人類滅亡を防がんとする秘密結社同士の衝突は、果たしていかなる結末を迎え、空虚と傷を心に抱えた二人は、そこにどんな答えを見出すのか。人類存亡をかけた、影なる戦士たちの一大叙事詩、堂々たる開幕の第一巻。

 

(1巻裏表紙より)

 

 ということで、これ以降は既読者が読む想定のネタバレ込み込みの感想ですので、ご注意ください。

 

 

 

 

 

ー絶滅前線ー

 これまであまり異能バトルだとか、SFに属するような作品は読んでこなかったのですが、こう腰を据えて読むような作品もいいですね。

 

 何よりロジカルな説明がある綿密さが良いです。その一例として、鬼の封伐では、天眼を持つ者が鬼を倒すと「不思議な力」で鬼は消滅しますという設定でも、ダメではないと思うんです。

 例えば、異世界ファンタジー作品では「そういうもの」として片付ける、ある種読者が共通してもつ世界観に委ねるこという多いでしょうし、それがとっつきやすさに繋がっていると思うので。

 しかし、この作品はそうではありません、と。自殺によって、憑依対象を殺した相手に憑依するという鬼の特性を殺したり、それでも対処できない場合には、人類が絶滅して憑依対象のいなくなっている1万年後の未来に飛んで実行するというロジカルな説明があるのが凄まじいです。

 この未来に行くというプロセスもまたワームゲートと停時フィールドによって説明できますし、人類絶滅を防ぐために人類の滅亡した未来に行くというこの絶望感もすごく好きですね。

 

 さらに、圭の仇討ちも普通ならもっと巻を重ねて描いても良さそうなイベントですが、この後の展開の計画されたインフレを思うと納得です。

   

 

ー夏の終わりー

 1巻から面白かったんですが、ここからものすごく面白い作品になりましたね。

 まず、停時フィールドの多様さを感じました。ミクロの細さの柩で空間を支配し他社の柩を阻む柩使いの柩、《エース・シャター》であったり、そのエース・シャターを殺すために自らを封じて1万年後に送った《久遠棺》であったり、どうしてこんなにも停時フィールドの特性を活かした戦闘を描けるのかと、脱帽です。

 

 そして何より、捨環戦の始まりですね。この2巻ではまだ逃避行が始まるのみですが、この逃避行というシチュエーション、ワードだけでもう最高に好みです。《THE EYE》という強大すぎる敵の存在や、その真の名イルミナティという単語、纏いのスイッチといった世界観にも胸が昂ります。

 

 

ー狩人のサーカスー

 絶望、ですね。

 まず、真白田が殺された時点で、そういうことをしてくる作品かと察するわけです。

 しかし、それだけでは終わることはなく、エンブリオによる惨殺が待っています。ただ2人が殺されたというだけに留まらない、エンブリオという存在への恐怖の描写が鮮明でした。特に、エンブリオが現れるまで圭たちの絶望であった奥菜の絶望に歪んだ顔とひかえの失禁が事の凄まじさを物語っていますね。

 

 そして、ここで真白田の仕組んだ捨環戦の実態見え始めます。負けないための戦いというのがまた辛いです。ここで負けなかったところで、またすぐに負けるビジョンが見えますから。

 

 

ー廃棄未来ー

 絶望、ですね 。(2度目) でも、間違いなく傑作なんです、これが。

 

 ゲオルギウス会の敗北に始まり、貴治崎とひかえが死にました。しかし、それをしたエンブリオがここで始末されるという。前巻から登場したヒルデはこのためかと驚いたのとともに、《THE EYE》の底知れなさが強調されたように思います。

 そして、そこに至るまでの逃避行の影の功労者がいますね。そう、ディエゴです。ここまでどちらかというと頼りなく描かれていた彼がとてつもなく格好いい。敵に泳がされているのを利用し敵をおびき寄せて、やり遂げた笑顔を浮かべ死ぬ。これをヒルデの目を通して見るというのがさらに良いですよね。

 

 そしてそして、エンブリオがいなくなったからといって希望はありません、と。まだ、エンブリオも死んでいなければ貴治崎も死んでいない時、島での結と貴治崎の会話が印象的です。別れの苦しみを感じなくなるか、出来事自体を忘れるか、もう薬を使わなければどうにもならないこの状況があまりにも優しさがないです。

 そして、後に思い出してしまったというのが容赦ない展開ですね。結は自ら囚われに行き、彼女を守れなかった叶の絶望たるや、もう……。

 

 でも、やはりそれでは終わりません。終わってくれませんでした。この後の圭と叶の隠匿生活を見ましたか、と。読んだからこそ今この感想を読んでくださっているでしょうが、最高でしたよね。もうこのままで良いじゃないかと、作品として良いわけがないのだけどこのささやかな幸せを続かせてくれたって良いじゃないかと、切に願いました。願って、いました。

 これまで散々、絶望絶望といってきましたが、ここの百刈圭の死が最大の絶望でした。どうしてこんなにも作者は優しくないのでしょう。(これは絶賛です。皮肉ではなく、本当に。)二人のささやかな幸せとの落差というだけで絶望なのに、一般人に嬲り殺されるというのがあまりにもあまりにもです。この落ち武者狩りのような最期はもう、今後ライトノベルで感じる事のないだろう壮絶さです。

 そもそも主人公が死ぬというのが想定外でしたしね……。圭と叶のダブル主人公という事でしょうか。

 捨環戦を終えての叶とヒルデの会話も印象的で、終始すごい一冊でした。

 

 

ー迷い子たちの一歩ー

 ここにきてこの作品はライトノベルという媒体で出版されているということを思い出したかのような感じがします。

 2人の叶というこれまた容赦のない展開ではありながらも、上手く折り合いがつき平和でした。その中で、キーとなった空手がとてつもなく熱かったですね。ユーゼフ・ピウスツキー。この作品はなんとなく外国人キャラクターをフルネームで呼びたくなります。

 

 それはさておき、1巻を読み始めた時から、シリアスなストーリーがこの作品の何よりの魅力なので、キャラクターにはそこまで注視していない節がありました。が、いざ読んでみれば彼含め幾人ものキャラクターを好きになっていて不思議です。

 その人物の過去が語られる時というのが一番その人を好きになるポイントだと思うので、そういう意味でもこの作品の作り込み様のなせる技なのかもしれません。

 

 

ー四百億の昼と夜ー

 2巻から4巻にかけての捨環戦の時点でかなりスケールが大きいと思っていたのですが、それをはるかに上回るスケールの世界観をこれでもかと見せつけられました。

 

 ”千年枢機卿”ギスラン・コンドロワイエールの過去、ここで百年戦争とオルレアンの乙女という単語が出てきて「世界史!」と思って少しテンションが上がりました(特段世界史に詳しくはないですが)。

 これ以前もこれ以後もこういったシーンはあって、特にこの少し後に触れられる殷の滅亡であったり近代史ではキューバ危機やアポロ計画であったりと、史実に基づく部分があるのもこの作品の世界観として面白いですね。

 

 ただ作品のスケールがからすると、殷の時代から現代までの6000年という長さですら極短いんですよね。2巻〜4巻のあの捨環戦でさえも、四つ目のワームゲートで起こすこの人類史レベルの捨環戦の布石に過ぎなかったのでしょうか。

 《一二〇》の世界は三進数というのも面白いです。どう面白いと感じたのか上手く言葉にできないんですが、19683回目という数字が(3の3乗)の3乗というのもなるほど、と。

 

 そして、その19683回目の人類史で起きた奇跡がプロフェッサーであり、そこには阿黍宗佑もいたという、このスケールの拡大と世界観の密度が凄まじいです。

 日本が舞台の作品にバチカンのゲオルギウス会が参戦したと思えば、《THE EYE》なる巨大な組織が現れ、捨環戦という壮大な仕掛けが登場したと思えば、それは幾度となく繰り返されたものだと分かり、さらには人類史さえ何度もやり直されていたという。決してチープになってしまわないのスケールのインフレが最高に良いですよね。

 この巻もまた、絶望的な終幕で次巻の刊行が楽しみでなりません。

 

 

 と、いまいち締まりなく感想を書き連ねてしまった感じもありますが、これにて今回はおしまいです。

 それではまた。